おばちゃ〜ん!
先日、母に頼まれた買い物を済ませ、両親の家の玄関に荷物を運んでいる時でした・・・
「おばちゃ〜ん!!!」とかわいらしい声が背後から駆け寄ってくる気配を感じました。
振り向くとそこには、5歳くらいで目がくりくりしてて、ワンピースを着た可愛い女の子が
駐車場に停車した車から、こちらに向かって駆け寄ってきました。
しかし、私の知らない女の子でした。
女の子も、私を見てびっくりして立ち止まってしまいました。
台所で荷物を片付けていた母が、声に気づき玄関から顔を出すと、
女の子は満面の笑顔で、「おばちゃ〜ん!!」と手を振りました。
「こんにちは」と3人で挨拶を済ませると、女の子は満足して両親の元へ帰って行きました。
母は、「新しく引っ越してきた可愛いお友達よ。」と話してくれました。
母は、昔から花が大好きで、引っ越した先々に小さい花壇を作り、
一年中花を咲かせて楽しんでいました。
父が脳梗塞で倒れ、今の障害者住宅に引っ越すときには、手のかかる父の世話と
自分も高齢という事で花壇作りを諦めて、昔から育てている少しの花しか
引越し先には持って行きませんでした。
残った花は、私と母で鉢に植え替え、階段下のスペースに並べ、
「ご自由にお持ち帰りください。お世話になりありがとうございました。」と
張り紙をして並べました。
引越しまでの1週間で、古いものでは何十年も前から植え替えや挿し木を繰り返し
母が大切に育ててきた花たちは、綺麗になくなっていました。
母は、鉢に植え替える時から「お嫁に出すみたいで寂しい・・・」と話していましたが、
全部もらわれて、みんなにお礼を言われ逆にスッキリしたようでした。
引越し先で花壇作りを諦めていた母ですが、2年もすると玄関先のスペースや
ベランダ、色んな隙間を見つけては挿し木や植え替えでまた少しずつ花は増えていきました。
今ではすっかり、一年中花の咲いている家になりました。
その花がきっかけで、いろんな人に声をかけてもらったり、友達が出来たりしています。
その”可愛いお友達”も花の話から「花のおばちゃん」と呼んでもらい、
仲良くなったということでした。
そういえば、母のことを近所の人はみんな「おばちゃん」と呼んでいます。
「80歳を目前にしてしわくちゃなおばあさんなのにありがたい。」と母も言っていました。
母が「おばさん」なら、私は「お姉さん??」なんて、厚かまし過ぎですね。
- [2009/11/06 20:34]
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サイレンが・・・
週末のお昼過ぎ、自宅で押入れに顔を突っ込み、冬物を出している時に
近くでサイレンの音が鳴り響きました。
そのサイレンはかなり近くで止まりました。
直後に今度は違うサイレンの音が響き、また近くで止まりました。
どうやら最初に聞こえたのは消防車で、後から聞こえたのはパトカーのようでした。
「近所で家事?!」と慌ててベランダに出てみると、消防車もパトカーも見えませんでした。
近所の人たちは続々と見に行っているようでしたが、見渡しても煙が見えないし
焦げ臭くないので一安心、足の踏み場のない部屋の中を片付けることに専念
することにしました。
幼い頃、何度も引っ越した中に、頻繁に”ぼや”や火事の起きるアパートがありました。
何であんなに火事が頻繁に起きたのか、当時も今も分かりませんが
一ヶ月に必ず4回は”ぼや騒ぎ”のあるアパートでした。
タバコの火の不始末や、ガスコンロからの引火など木造2階建ての古いアパート
だったのですが、”よく火事になった”という思い出しか残っていません。
幼い頃の記憶なのですが、夜サイレンが聞こえた後、荷物を抱えた母親に
手を引かれて廊下に出るといつも白い煙が充満していました。
住民もサイレンや煙に慣れてしまっていたのか、煙が充満する中
お隣さんが引越しの挨拶をしに来たのを憶えています。
あまりに頻繁に火事が起きるので、消防車のサイレンの音に慣れてしまったのか
大きな火事のときに、何度起こしても起きないからと備え付けの2段ベッドから
母に腕を引っ張られ引きずり落とされた記憶があります。
母は身長145cmと小柄で、逃げるための荷物を抱えたままで、
子供とは言え私をベッドから引きずり落としたなんて、「火事場の馬鹿力」とは
この事なんだと少し大きくなって実感しました。
走って外に出てみると、燃えているアパートを見ている住民や野次馬に混じって
枕を抱えた父が呆然と立っているのには驚きましたが・・・
その後、夫婦喧嘩のたびにそのことを母が口にしたのは言うまでもありません・・・
そんな記憶があるせいか、近くで消防車のサイレンを聞くとまず逃げるべきか否かを
推測し、とにかく一度落ち着く癖がついてしまいました。
結局、今回の騒ぎは風で集まった落ち葉にポイ捨てタバコの火が引火したようで
サイレンから1時間後買い物に出たときには、消防と警察が現場検証をしていました。
火事は、全てを燃やし尽くしてしまいます。
乾燥する時期なので、皆さん火の元には気をつけましょう。
- [2009/11/02 20:54]
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カラオケ大会終わりました。
デイサービスのカラオケ大会が無事終わりました。
前もって父の選んだ曲をレンタルショップに探しに行き、
何軒まわっても見つからなかったので、デイサービスのヘルパーさんに頼んで
カラオケの機械からテープに録音してもらえないかと相談したところ、ピアノの生演奏のテープを作ってきてくれました。
なんと贅沢な事に、カラオケ大会とは言っても、機械のカラオケではなくて
ピアノの生演奏のカラオケ大会と聞きびっくりしました。
そのテープをもらう時に初めて知ったのですが、父が歌う予定の”田端義夫の19の春”
という曲は演歌か浪曲だと思っていたのですが、沖縄民謡でいろんな人が歌っている中で
”ばたやん”が歌っているのが一番評判が良いということを聞きました。
それを聞いた父は嬉しそうでした。
次の日からそのテープを枕元のカセットデッキで聴きながらの練習が始まりました。
やっぱり、音が有るのと無いのでは全然違っているようで、日に日に上手になっている
気がしました。(本物を聴いた事がないので、はっきりとは分かりませんが・・・)
「だんだん上手くなってきたねぇ」とみんなで誉めるもんですから、練習にも熱が入って
枕元に置いてあるデッキを膝に乗せて、自分が行く部屋にデッキを持って移動しながら
練習をしていました。
そんなある日、ひと眠りした父が目を覚まし、直ぐに枕元のデッキに手を伸ばしました。
すると、昼寝をする前にいた台所にデッキを置き忘れていて、ベランダにいる母に向かって
「ばあさんや、デッキが無いでーーー」と大きな声で叫びました。
それを聞いた母は、「何でも探さんと無い無い言わんの。うちはお金以外は
何でも有るんじゃけーーー」と叫び返しました。
そのやり取りを聞いた私と娘たちは大笑い!!
私たちが大笑いしているのを見て、父も母もまたまた大笑い!!
まあ、周りから聞いていると冗談なのか皮肉なのか分からないときもありますが、
冗談を言い合えるなんて幸せですよね。
カラオケ大会は、ピアノの生演奏テープのおかげでなかなか上手く歌えたようで
その日父はニコニコしてデイサービスから帰ってきました。
折角覚えた”19の春”のお披露目に、久々に家族揃ってカラオケにでも行きましょうね。
- [2009/10/27 20:48]
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新型インフルエンザ?
全国の小・中・高等学校で、学級閉鎖が増加しているというニュースをよく耳にします。
近くの複数の学校でも、学級閉鎖になったという話を聞きました。
目に見える菌ではないので、近くで新型インフルエンザが広がっていると思うと
怖くてたまらないのですが、まだ身近な人が感染したという話を聞いていないので
実感がわきませんでした。
ところが、社員の息子さんの通っている中学校で、息子さんのクラスが
学級閉鎖になったと聞きました。
そしてその日の夜、息子さんに38.9℃の発熱があったそうです。
インフルエンザも発病して12時間以内は陽性反応が出ないこともあるということなので
翌日かかりつけの病院に午後からの診察で出かけたそうです。
病院で、クラスが学級閉鎖した事と高熱が出たことを伝えると、
呼びに行きますからと、車の車種とナンバーを聞かれたそうです。
駐車場で待つこと2時間、やっとの思いで診察してもらい、結果は陰性。
しかし、検査結果が100%ではないらしく、”リレンザ”を処方してもらい
やっと家路に着いたということでした。
息子さんはまだ熱が続いているという事で、新型ではないにしても
やっぱりインフルエンザかも?
私たちの年代は予防接種も一番最後になりそうですし、もしかしたら不足して
接種できないかもしれません。
せめて出来る事はやっておこうと、毎朝会社に着いてからと帰宅後は、
手洗いとうがいを欠かしませんが、目に見えるものではないので100%予防することは出来ませんね。
毎日乗るバスの中でも、まだマスクをつけている人はいませんでしたが
今日からマスクを着けての通勤にしました。
もう十数年前、子ども達のインフルエンザを私がもらい、その私の看病に来た母に
うつしてしまい、親子で40℃近い熱で寝込んだことがあります。
トイレに行くのも這っていくほどで、食べる物がなくなり、
子ども達の初めてのおつかいもこの時でした。
出来れば、もう二度とインフルエンザにはかかりたくありません。
今年の冬、インフルエンザにかからないように注意して生活したいと思います。
- [2009/10/22 20:16]
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専業農家
数年前、友人の旦那さんが突然転職しました。
それまでの会社勤めを退職し、専業農家になるということでした。
何も知らなかった家族はびっくり!!
旦那さんは、県北部の”新規就農研修施設研修生募集”に密かに応募していたらしいのです。
募集の締め切りまで期間が短かった事と、募集人員が2名と少数だった事と
年齢制限が40歳までという事で、ちょうど40歳の旦那さんは、受かるかどうか分からない為
家族や会社にも内緒で採用試験を受けたそうです。
結果は、見事合格!!
奥さんは、広島県に2〜3ヶ所の病院にしかない特殊な作業療法士をしています。
旦那さんは市内で働いていたので、お互いの仕事場の真ん中辺りにマンションを買い
2人の男の子にも恵まれました。
仕事に、子育てにと忙しい毎日を送っていたある日の突然の出来事だったそうです。
何度も話し合い、家族揃って現地にも行ったりしたそうです。
2人とも田舎育ちで、高校の先輩後輩だったという長い付合いです。
旦那さんの夢が「定年を迎えたら田舎で土いじりをして暮らしたい。」ということで
かなり情熱的に家族を口説き落としたらしく、友人も最後は折れたそうです。
まず研修期間が2年間ということもあり、最初の2年間は旦那さんの単身赴任
ということになりました。
研修が始まると、休みごとに奥さんと子ども達は旦那さんの元へ
”通い家族”をしたそうです。
そして、研修期間を無事終了し、イチゴ農家の農業主としてデビューしました。
田舎が気に入った子ども達は、旦那さんと暮らし小学校に通い始めたそうです。
奥さんは今も病院で働きながら、”通い妻”をしているそうです。
旦那さんの名前が印刷してある、大粒のイチゴパックを誇らしげに届けてくれた
奥さんは、「定年後の楽しみが出来たよ。」と楽しげに話してくれました。
とても、羨ましいなぁと思うのは私だけでしょうか・・・
- [2009/10/20 20:52]
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