同僚の新年会 

今は校長先生をしている、同僚の元担任の先生宅での新年会の話を聞く事ができました。

昨年の先生主宰のクリスマス会で決まった、この度の新年会に参加したのは8名で
土曜日の昼前、先生宅の最寄の駅に集合したそうです。

小学校の時からなので親交も長期にわたっていますが、みんな先生の自宅に
お邪魔するのは初めてということで、最初は緊張気味だったそうです。

玄関に入ると、先生が「ツーバーとツーワンがおるけビックリせんでね。」と一言。

みんな何のことか分からないまま、先生の後から部屋に入ったそうです。

部屋に入ると、コタツに2人のお婆ちゃんが・・・

先生が言っていた「ツーバー」にみんなで納得。

先生のお母さんとお友達と紹介を受け挨拶を済ませ、奥の部屋に通されたそうです。

そこにいたのは、大型犬が2匹・・・

「ツーワン」とは犬が二匹いるということだったことに気づかなかった同僚は
軽いパニックに陥ってしまったらしいのです。

同僚は小さい時に犬にかまれた経験があり、大人になった今でも犬が怖くて
小型犬でも近づけないのに、そこにいたのが大型犬だったので「逃げ出そうかと思ったよ。」
と言っていました。

犬を違う部屋に移してもらって、やっと新年会がスタートしたそうです。

奥さんが用意してくれた美味しいお鍋にお酒も入り、飲食店で集まるときとは違い
くつろいだ雰囲気で、いつもと違う話も聞けたそうです。

自宅という事で、先生も安心していてお酒の量がいつもより多かったようで
夜になる頃にはつぶれてしまったそうです。

片付けは一斉に集まったみんなで「合宿みたいじゃね」とワイワイ言いながら
楽しく済ませたそうです。

帰り道、酔っ払った先生が寂しそうに話していた「後2年で定年だ。」という言葉に
「その時にはみんなに連絡して先生に何かしてあげたいね。」という話で
盛り上がったそうです。

全く関係のない私が言うのもなんですが、何だか2年後の先生の喜ぶ姿が
目に浮かんで幸せな気持ちになりました。



だんご3姉妹 

幸せな事に、私には知り合って今年で20年目と15年目の親友がいます。

20年前と言えば、子供二人を抱えて離婚し、当時体裁を気にした両親からは勘当され
貯金も無く、最初は母子寮に住み荷物は持っていた洋服だけという”ゼロ”からのスタートを
始めて間もない頃でした。

最初の一ヶ月は寮から生活費を借り、その間に職探しと保育園探しをしました。

頼れる人もなく、とにかく後が無かったので、倒れるなら前へと気負っていた頃でした。

職安では「小さい子供を抱えているので、職探しは時間がかかる」と言われましたが、
子供の急な病気の対応を寮母さんがしてくれるということで、最初の面接で合格。

出産を期に家庭に入っていた私ですが、3年ぶりに社会復帰することになりました。

最初はスピードに着いていけず、悩んでいる私に手を差し伸べてくれた、
年下ですが優しく頼りになるまさにオアシスのような女性でした。

出会った頃の彼女は20代前半独身で、しかし子供好きということで遊びに来るようになり
子供達も直ぐ懐き、呼び名もお姉ちゃんではなく”○○ちゃん”と名前で呼ぶようになり
家族みんなの友達になりました。

子供達の賑やかさも嫌がらず、一緒に旅行に行ったりお祭りに行ったり
ドライブに行ったり行事ごとにパーティーしたりと、家族の一員のようでした。

私一人では決して出来ないことを子供達に経験させてくれて、とても感謝しています。

この20年来の親友と、もう1人知り合って15年目の親友と私とでは
だんご3姉妹と呼ばれていました。

15年来の親友は血液型がAB型のせいかかなり強烈な個性の持ち主で、
中でも話術に長けていて「私は三人兄妹の長女で、口から生まれてきたから
口論では誰にも負けたことが無い」と豪語するほど口の立つ女性で、口下手な私としては羨ましい限りです。

彼女は天然で面白いところもあり、娘たちと初めて会った時は、子供嫌いのせいか
「私は魔女だから悪魔のしっぽが時々生えて意地悪するかもよ」と自己紹介したものだから
子供達はその日一日彼女に近づかないように、いつしっぽが生えるのかをじっと観察していたらしく
いまだにみんなでその時の事を思い出しては笑っています。

そんなだんご3姉妹も知らないうちに介護保険を支払う年齢になってしまいました。

それも誰一人結婚(私とAB型の彼女は再婚)もせずに・・・

親友2人の結婚式にベールの裾をもってバージンロードを歩くのが子供達の夢だったのに
今では娘たちの方が適齢期になってしまいました。

「もしもこのまま結婚しなかったら(出来なかったら?)3人で暮らそうね」と
数年前から3人の役割分担は決めてしまいました・・・

寂しいけれど切実で愉快な私達の老後の話は語りつくせないので、次回に続きます・・・

口腔外科 

今年に入って初めて三次に住んでいる友人に会うことができました。

その友人とは距離のせいもあるのですが、看護師という仕事についているため
なかなか時間が合わず、こちらの都合で連絡するのも迷惑になるかもと
最近では滅多に会えなくなってしまっていました。

その友人が正月明けに、連休を取って久々に遊びに来てくれました。

女同士なので久々に会っても、食事とおしゃべりは相変わらずノンストップで
夜通しおしゃべりしていました。

私の父と同じように、友人のお母さんも昨年脳梗塞で倒れてしまいました。

父と違うのは持病に糖尿病はなく、高血圧を抱えていたという事でした。

おしゃべりが大好きなおばちゃんは、最初自分が話したいことの半分も話せず
自分に腹が立ち暗い顔をすることが多かったのですが、最近では7割位まで
言いたいことが話せるようになり、「このまま100%回復を目指して頑張るよ。」と
張り切っているそうです。

軽い脳梗塞だった事と、年齢的にも父よりうんと若いので、回復も早いのかしらと一安心しました。

そんな家族の近況や仕事のことや、これからの心配事など話は尽きませんでした。

その話の中で、、特に興味をそそられたのが”口腔外科”の話でした。

口腔外科は手術を伴う治療が必要な患者さんを主に診察するという事で、
大きな病院の中にあることが多いそうです。

内科に勤務している友人の話では、常連の患者さんで歯槽膿漏からくる口臭を
いつも気にしている男性が、口腔外科に通い始めて口臭がしなくなったとか、
口腔外科に通って糖尿病の血糖値が下がったなど色んな実例を教えてくれました。

大きい病院では口腔外科を開設するところが増えているらしく、
友人も「近くに出来たら行ってみようと思っとるんよ。」と話していました。

病院嫌いの私の母は、昔1本だけ断わる暇もなく神経を抜かれてしまったらしいのですが、
80歳近いのに入れ歯はしておらず、全部が自分の歯だというのが唯一の自慢です。

父は早くから歯槽膿漏で、今は入れ歯を支えるために上下の歯が各一本残っているだけです。

私もそろそろ歯槽膿漏が気になる年齢になってきたので、
近くに出来たら我が家も是非一度、口腔外科に行ってみようと思います。

母の歯の寿命がもっと延びるかも・・・

初めての担任 

会社の同僚の女の子が、昨年のクリスマスの1週間前に小学校時代から友人から
こんなメールが届いたんですよと見せてくれました。

そのメールは「残念だったクリスマスを振り返る会」という題でした。

メールの発信者は同窓会や何か集まりがあると知らない内に幹事をしてくれる
優しい男の子らしいのですが、発案者は別にいると言うのです。

その発案者というのが、同僚の小学生の時の担任の先生ということでした。

今は違う学校で校長をしているその先生が、初めて担任を受け持ったのが会社の同僚のクラスだったそうです。

それからもう20年以上経つのにいまだに同窓会だ、忘年会だ新年会だと一年に3〜4回は
集まれコールを幹事君に依頼するそうです。

その間に地元を離れたり結婚したりで集まれる人数は年々減っているという事なのですが
集まる度に先生が凄く喜んでくれるからみんなも楽しみにしているということでした。

最近の話題はもっぱら、30代に足を踏み入れた独身の生徒達の結婚の心配だそうです。

同僚も心配されている独身の1人です。

そんな同僚のクラスは男女関係無くみんな仲良しで、担任の先生は当時から熱くてと
数回の引越しと転校経験のある私にとっては、なんだか羨ましい限りでした。

その熱い先生は日ごろから、会議などで生徒たちの職場の近くに来るとひょっこりと顔を出しては
近くで働いているクラスメートに集合をかけて昼食を一緒にとったりと、話を聞いていると
初めて受け持った生徒達が可愛くてたまらないといった感じです。

「残念だったクリスマスを振り返る会」も無事終盤を迎え、新年会の日にちと場所決めが
行われたそうです。

いつもは先生が生徒達の地元に来て集まっていたので、今後は先生が自宅に招待してくれる事に
決まったと言う事でした。

長い付き合いの先生と生徒達ですが、自宅に招待されるのは初めてということで
少しの緊張と、楽しみの入り混じった新年会まであと数日という事でした。

新年会の様子を聞くのが楽しみです。

大きなたんこぶ 

正月明けの新型インフルエンザ騒動も一段落し、平和な日常が帰ってきました。

しかし、今年に入って数回降り積もったある雪の日に次女が又私を驚かせました。

帰りにたまたま一緒になった友達に連れられて、次女が帰ってきたのです。

20歳過ぎたのに半泣きで帰ってきました。

夜、アルバイトの帰りに雪が積もった歩道橋の下りの真ん中を過ぎたところから
しりもちをつく形で一番下まで滑り落ちてしまったらしいのです。

本人は、突然の事なので何が起こったのか直ぐには分からず、恥ずかしいのが先立って
駆け寄ってきた友達と慌ててその場を立ち去ったという事でした。

時間が経つと少しずつ色んなところが痛くなり始め、「頭大丈夫?」という友達の言葉に
後頭部を触ってみると、大きなたんこぶが!!

そのたんこぶを触った途端次女は具合が悪くなり、友達に支えられるようにして
家まで送ってもらったという事でした。

お正月に集まったメンバーの中に、川を挟んだ友人宅から夜自転車に乗って帰るときに
派手に転んで頭を打って大きなたんこぶが出来たという体験談を話した親戚がいました。

あまりの大きな音に、ベランダから見送りしてくれていた友人が慌てて飛んできて
直ぐに病院に行って検査してもらったらしいのです。

その親戚の友人の話で、知り合いの男性がやはり転んで頭を打って直ぐ治るからと
そのままにしておいたら、2週間後に亡くなったという話を聞き、親戚は大げさだと思いながらも
友人の言うとおり直ぐに病院で検査をしてもらったそうです。

結果、何事もなく時間が経つにつれ頭以外の色んな場所も痛くなり
一週間は大変だったと笑い話になりました。

次女もかなり大きな音を立てて滑り落ちたらしく、送ってくれた友達が心配してくれました。

次女も私もお正月の話が気になって、翌日病院で検査してもらう事に・・・

次女は「まだやりたい事がいっぱいあるのに、死にたくない!」と、一晩中大騒ぎしていました。

翌日検査に行った病院でレントゲンを見ながらの先生の一言を、次女がメールで
送ってくれたのですが、いまだに思い出すと笑えるその一言とは・・・

「あー、全然大丈夫よ。あなたの頭の骨、人より太くてよかったね。」というものでした。

「つまりそれって、お医者さんで”石頭”って証明されたってことよね?」と大騒ぎしていた次女も
けろっとしていました。

それから一週間、体中の思わないところが痛くなり大変な思いをしたのは言うまでもありません。