皆さんは知らない人に話しかけられたことがありますか? 

私は、知らない人に話しかけられることが良くあるんです。
時間を聞かれたり道を聞かれたり、スーパーではこの野菜はどうやって食べるの?
とか、子供からお年寄りまで良く話しかけられるんです。

今日はついにアメリカ人のカップルに話しかけられました。
仕事の帰りにバス停で待っていた時でした。
「エイゴシャベレマスカ?」と英語で話しかけられました。

勿論、英語は中学校と高校の授業で聞き流した程度なので喋れるはずもありません。
しかし周りには私の他に誰もおらず、天気も悪く、暗くなり始めていました。
親指と人差し指をものすごく近づけて「ジャスト ア リトル」と言うと、とても喜んでくれました。

一生懸命ゆっくり簡単な単語を探して話してくれているのですが、
卒業してから英語を使う機会に恵まれず、こんなにも忘れてしまうのかと呆れるほど
最初は分かりませんでした。

私がかろうじて聞き取れた単語を復唱すると、さすがに通じていないのが分かったらしく
ゼスチャーを交えてもう一度話してくれました。

落ち着いてゼスチャーを真似しながら聞いてみると、「温泉、この道を真っ直ぐ行きたい、
韓国あかすりをしたい、何処のバス停から、何処行きのバスに乗ればいい?」
とこんな感じのことを言っているようでした。

私も変な英語で、「what オンセンname?」と聞くと、名前も分からないということで。
キーワードから考えて真っ直ぐ行った所にあるスーパー銭湯だと分かりました。
しかし場所は分かってもバスで行ったことがないので、どのバスに乗ればいいのか分かりませんでした。

会話と言うよりも単語を並べてゼスチャーで繋げていくという感じだったのですが、
私の家からはそう遠くないので、「私の家まで来たら車で送って行ってあげようか?」
と聞くと、「悪いからいいよ」みたいな感じのことを言うので、ちょうど止まったバスの運転手さんに聞いてみることにしました。

3人でバスの時刻表を指差して、「この停留所から、この時間に、こう書いてあるバスに乗る、
色はブルーのバスよ」と、あとはスーパー銭湯の名前を何度も復唱して3人で「OK!」

その後も昨日の雪のこととかを話した気がするのですが、
もう何語で喋ってるか訳分からなくなってしまいました。

そうこうしている内に私の乗るバスが来て、もう一度乗るバスと銭湯の名前を復唱して
「バーイ」と手を振ってバスに乗り込みました。

バスに乗り込んだ後で、そういえば顔が引きつったままだと気付き、
かなり落ち込んでしまいました・・・

「ちゃんと勉強しておけばよかった・・・」とかなり手遅れですが後悔・後悔です。

せめて、あのカップルが無事にスーパー銭湯に着いていますようにと願うばかりです。

お正月 

久々に9歳年上のいとこのあんちゃんが田舎を訪ねて来てくれました。

祖母が生きている頃は、盆・正月にはいとこやはとこが30人近く集まり
いつも賑やかだったのを覚えています。

母が兄弟の中で一番年下で、私もいとこの中で一番年下で、同い年のはとこがいるほど
年齢差のある集まりでした。

祖母が亡くなり、叔父叔母もどんどん亡くなってしまい、
いとこ達もそれぞれ自分の家庭を持ち、県外に出て行ってしまったいとこも大勢いて、
ここ数年は近くにいる親戚がバラバラにお墓参りに来てくれる位で、あの頃に比べると寂しくなってしまいました。

お正月訪ねてくれたいとこのあんちゃんは、母と一番仲の良い姉妹の息子さんです。
とても明るい叔母ちゃんで私も大好きだったのですが、2年程前に亡くなってしまいました。
叔母ちゃんのお葬式以来会っていなかったので、本当に久しぶりでした。

田舎の窓から外を眺めていると、ヘルメットをかぶったスポーツバイク?(かっこいい自転車)にまたがった男の人が颯爽と駐車場に入ってきました。

「ん?誰だ・・・?」と思っていると、「叔母ちゃ〜ん、おる?」
と男の人の声が玄関で響きました。

玄関に回ってみると、ヘルメットをかぶった、さっき駐車場に入ってきた男の人が
上着を脱ぎながら入ってきました。

びっくりしている私を見て、「おー、久しぶりじゃのー。元気しとったか?」と笑顔を見せました。

「あっ!あんちゃん。何処の若い衆がきたんかと思ってびっくりしたよ。」
久しぶりに会うあんちゃんはとてもスマートになって見違えるようでした。

あんちゃんに話を聞くと、「葬式の後、体調が悪くなって検診を受けたら
腸に異常が見つかって手術するか、生活習慣を変えるかと医者に言われたんじゃ。」
タバコもやめて、あんなに好きだったお酒もやめて、運動せんといけんって言われて
何をしようかといろいろ考え、お金のかからないスポーツバイクで遠出すると言っていました。

もちろん、田舎の家までスポーツパイクで2時間かけて訪ねて来てくれたのでした。

「何キロ痩せたん?」と聞くと「10キロくらいかの、楽しいで」と軽く言っていました。

確かに毎日2時間運動すれば痩せるよなーとは思いましたが、
この寒い時期にとても真似できそうもありません。

私は怠け者だなぁと落ち込みましたが、あんちゃんもいい年になってから始めて
もう2年も続いているんですよね。
「今からでも遅くはないんだ、何かを始めてみようかなぁ・・・」と
思えていい刺激になりました。

今年こそは、何か身に付けたいなぁと思います。



銀さんのお見舞いで田舎に帰ってきました 

田舎には母の姉妹の金さんと銀さんがいます。
(私たち親子がそう呼んでいるだけなんですけれど・・・)

その銀さんが緊急入院して「訳のわからんことを言って容態があまり良くない」と
金さんから母に電話が入っていたそうです。

母は直ぐにでも飛んで行きたかったのですが、父を放っては行けないし、私は仕事だし
遠慮して容態があまり良くないことは言いませんでした。

銀さんは、入院の前日食欲が無くて晩御飯にまったく手が付けられなかったということで
心配した息子さんが「明日病院に行ってみようの」と言って、その日は眠りについたそうです。

翌朝目が覚めると、銀さんが「頭が痛くて起きれん・・・」と言うので
病院に電話して、夫婦で銀さんを病院に連れて行ったそうです。

病院でまず血圧を測った先生がびっくり!!
「こりゃ大変じゃ血圧の上が250ある、緊急入院の準備をして!!」
と看護婦さんに指示したそうです。
銀さんは食事も取っていないのに、ゲーゲーともどし始めて意識がなくなったそうです。

私たちがお見舞いに行けたのは、入院から4日目のことでした。
銀さんはしっかりと話すことができるようになっていて「二日間意識がモウロウとして
うなされ続けた時に、怖くて長い夢を見よったんよ」とその夢を教えてくれました。

「周りは真っ暗なのに、窓の外で大勢の人がお経を大声で唱え続けるんよ・・・
誰に聞いても窓の外には誰もおらんって言うし、怖くて怖くてしょうがなかったんよ」
と母の手を取り、お互いに涙ぐみながら話していました。

銀さんは、4人の男の子を育て上げ、今は長男一家と一緒に住んでいるのですが、
優しい人なのでみんなに大事にされ、今まで風邪も引いた事がなく病院には縁がなく
自分が入院しているのが信じられないと言っていました。

お見舞いに行った時は、鼻に酸素の管はついていましたが、
飲み薬で血圧も150以上には上がらなくなり、顔色もまずまずで一安心。

お医者さんの話では、「もう少し遅かったら脳梗塞の危険がありましたね。」
「今は寒い時期で血管が収縮しやすくなり、高齢の方は特に血管が切れやすいので
気温の差等に注意が必要なんですよ。」

「銀さんのように高齢者の方が食欲が無いというときには、注意が必要なんですよ。
今回は家族の方が早く気付かれたので、本当に良かったですね。」
と看護婦さんも言っていました。

去年1人暮らしの親戚が脳梗塞で亡くなった時は、
一週間近く誰も気付かなかったという事もありました。

そばに居る人の気配りがどれほど大切か、身にしみた出来事でした。

成人式 

1月14日、長女の成人式が終わりました。

最初、長女は「勉強が忙しくて帰れないから成人式行けないかも・・・」
と言っていました。

私も20歳の時は仕事で成人式に行けなかったので、子供には行ってほしいと思っていました。

去年の成人式が終わった途端に、着物のダイレクトメールが届き始め
行く気になった時の参考にと全部取っておいたのですが、年末には何百通にもなっていました。
(びっくり!)

結局、ぎりぎりになって友達の誘いで行く事に決定!

そこからが話しに聞いていた通り、大変でした。
バタバタと貸衣装を予約して、着付け、ヘアメイク、写真撮影を予約。

予約が遅かったので、当日お店に入る時間が朝6時過ぎという早さでした。

暗いうちから家を出てお店に着くと、もう6名の娘さんが着付け、ヘアメイクをしていました。
驚いたことに、廿日市の成人式は時間が早いらしく私達が到着する前に
もう着付け、ヘアメイクを済ませて出掛けた娘さんもいるということでした。
(いったい何時に家を出たのかしら?)

娘は3時間後、6人がかりで完成しました。
そこで写真撮影もしたのですが、出来上がりが怖くなるほど疲れ果てていました。

待ち合わせの時間にはまだまだ早かったのですが、ぎりぎりになると駐車場が一杯になると聞いていたので、そのままアルパークに移動。

着物を着た娘は車の中でも自由が利かず、お腹がすいてもまともに食べる事ができず
着慣れない着物があんなに大変だとは思いませんでした。

成人式も終わり、同窓会に出る時間も無く、お爺ちゃんお婆ちゃんに会いに行きました。
晴れ着姿に喜ぶ父と母と一緒に写真を撮り、娘をアパートまで送って行きました。

家に帰ったのは、夜中でした。

遠足の前の子供ではありませんが、成人式の一週間くらい前から私がドキドキして
寝不足になってしまいました。
成人式が終わり、今日あたりから調子が戻ってきた感じです。

「来年はあたしの番だから見とこうかなぁ」と気軽についてきた次女は
「あたしは絶対着物は着ない」と宣言してしまいました。



皆さんはもう初詣に行かれましたか? 

子供達は、大晦日から友達と神社巡りをして新年を迎えました。

後で聞くと、「行きたい神社にたどり着けずに探しとったら神社巡りになったんよ」
「結局行きたかった神社には行けんかったんじゃけどね」
おまけに毎年楽しみにしている”おみくじ”を引くのを忘れてしまって、悔しがっていました。

「来年はちゃんと調べて行くけーね!」とリベンジを誓っていました。

私は仕事始めの日の午後、新年会の前に会社の皆で初詣に行きました。
そこで”おみくじ”を引きました。

会社の皆は休みの間に初詣も済ませ、おみくじも引いたらしいのですが
再度おみくじを引くことに・・・

「家族で行った時に大吉が出るまで引いたけー、今日は絶対に引かん」
と言う人や「前引いた時にも大吉で、今日も大吉が出た」と言う人も・・・
(羨ましい・・・宝くじでも当たるのかしら?)

私は、中吉でした。
中吉の割には願望、待人、旅行、恋愛など良いものが一つもありませんでした。

裏に書いてある”神の教え”を読むと
「憎しみやねたみは心が疲れるだけです、憎しみからは何も生まれません、
明鏡止水のことわざの通り、心静かに穏やかに過ごせば見えてくる世界もおのずと変化する事でしょう」
と書いてありました。

確かに去年を振り返ってみると、父の体調の事でイライラが続いたり
いろいろな事が思い通りに行かなくて小さな事でイライラしてたなぁと思います。
(周りから見ると体型が丸いので、そんな風に見えないとは言われますが・・・)

皆さんの”おみくじ”はどうでしたか?

今年一年、おみくじの”神の教え”のように心静かに穏やかに過ごしていきたいなぁ
と、切に願いながら木の枝に中吉の”おみくじ”をくくりつけ帰りました。

あけましておめでとうございます。 

今年もよろしくお願いいたします。

2008年、平成20年、ねずみ年の幕開けです。
今年は我が家にとって大きな区切りの一年となりそうです。

長女が今年成人式を迎え、平成元年生まれの次女が今年20歳になります。

子供が20歳になるということは、それだけ私も年を取ったということなんですね。
(知らないうちに・・・)
その分両親も老けるはずです・・・

母はこのお正月で77歳の喜寿を迎えました。
父も来年77歳になります。

このまま傘寿・米寿・卒寿・白寿・百寿・と欲張って元気で長生きして欲しいと思います。
って、欲張りすぎですね・・・

今年一年、家族仲良く健康で笑顔の絶えない一年になればいいなと思います。

小さなことにも感謝して、幸せを一杯感じたいと思います。

皆さんにとって今年がよい一年になりますように。