やっと届きましたが・・・ 

区役所から赤い文字で”親展”と書いてある封筒が届きました。
一通は”介護保険関係書類”でもう一通は”後期高齢者医療関係書類在中”という2通です。

父宛の手紙は4月第2週目に届いたのですが、母宛の手紙は3日程前に届きました。

母宛の手紙は”介護保険関係書類”だけでした。
両親の収入は父の少ない年金だけなので、特別措置としての半年間徴収なし
という事なのでしょうが、もちろん何のお知らせもありません。

手紙の金額は全て仮徴収額となっていますが、この4月から母の介護保険も
まとめて父の年金から徴収しますと書いてありました。

ここで両親の現状を少しお話ししたいと思います。

父は若い時から障害があり、母もよく入院していたので常に生活は苦しく
それこそ昔の話なので、年金も強制加入ではなく生活もやっとで
年金を25年間かけることが出来ませんでした。

父が年金をもらう年齢になる前に数年分まとめて払えば少しはもらえるからと
役所から言われ、少ない貯金と日々食べるものも食べず100万以上のお金を
何とか支払い、今”老齢基礎年金”を一年で64万円もらっています。
勿論母はもらう年金なんてありません。

そのお金だけで両親は生活しています。

その中から父の介護保険料一年で34,460円。
母の介護保険料も一年で34,460円。
年金の残りが571,080円。

この残りで父のデイサービスやおしめ、母の医療費で月30,000円近くかかります。
一年で360,000円かかっており、これで年金の残りは211,080円です。

その中から今度は後期高齢者医療保険料が引かれるのです・・・
今連絡が来ているのは8月までの3回分で6,000円です。
一年で12,000円になると思われます。
これで年金の残りが199,080円。

一月に換算すると、残るお金は16,590円です。
これが一ヶ月の生活費です。

私が援助できればいいのですが、我が家も一馬力で子供達はまだ学生なので
安い食材を買い、我が家と半分に分ける事くらいしか出来ません。

母の後期高齢者医療保険料の支払いも始まると思うと、限界を超えていると思いませんか?

やはりこの制度には納得いきません。
弱者は生き残れない、そんなサバイバルな老後が私にも待っているんだと思うと
気が遠くなってきます。


枝垂桜を見るつもりが違う花を見ることに・・・ 

高速道路に9時までに乗れるように(料金が半額になるから)という事で
遅れないように仲良し3人組が集合しました。

当日友人が家を出る前に調べてくれたところ”甲山ふれあいの里”の開花状況は、
私たちが一番見たかった枝垂桜がもう5割散っているという事でした。

枝垂桜の後にも八重紅しだれ、八重桜と花は5月上旬まで楽しめるのですが
私たちはどうしても枝垂桜が見たかったのです。

去年2〜3分咲きで悔しい思いをしたので、「来年こそは満開の一番綺麗なときに来ようね」と
話をしてたものですから、半分散った枝垂桜を見るのも悔しくて、高速道路を降りる頃には
目的地は変更になっていました。

急遽場所が変更になったという事で道がはっきり分からず、
何度も迷ったり遠回りをしたり、帰る頃には走行距離は200kmを越えていました。

田舎の方なので道を聞こうにも人も歩いておらず、やっと人がいたと思ったら
猟銃を持った男の人で、怖いねと言いながら聞きに言ったのに違う場所を教えられたり
やっぱりこの3人で出かけると何かがあるんです。

笑いの絶えない一日になりました。

結局、世羅高原フラワービレッジの香山ラベンダーの丘の”ポピーフェスタ”と
世羅高原農場の”チューリップ祭り”・ビニールハウスでユリを見ました。

テレビのニュースで備北公園のチューリップや色とりどりの花たちが咲き誇っているのを
見ていたので一面の花畑を期待していたのですが、残念な事にチューリップとポピーは
まだ1〜2分咲きでした。
今週末からが見ごろだと思います。

三次よりも世羅の方が寒いんですね。

そのほかにも移動の道沿いに藤・菊桃・少し離れたところに芝桜etcと
色んな看板が立っていましたが、昼も過ぎてお腹が空き始めました。

花より団子とはよく言ったもので、花を見るよりも食欲が勝ってしまい
三和町の煉瓦亭、佛館を目指してまたしても迷いながら移動しました。

変わった店長のいるカレーやさんでとても美味しかったですよ。

チューリップを見た世羅高原農場では、夏には100万本のひまわりが咲き誇るそうです。
今年の夏に見に行ってみようと思います。

「三度目の正直で、来年こそは満開の枝垂桜を見ようね」と
友人と別れました。

リベンジ、来年に続きます・・・


里山ふれあいの里 

最近、変な天気が続きますね。

そんな中ですが、今週末お花見に行ってきます。
天気予報通り何とか週末天気が回復してくれることを願っています。

昨年も”里山ふれあいの里”にお花見に行ったのですが、染井吉野の満開に
慌てて4月の最初の週末に行きました。

”里山ふれあいの里”は枝垂桜のアーチが有名で、友人から話を聞き
すごく楽しみにしていたのですが、行ってみるとまだ2〜3部咲きで、
パンフレットの美しい桜のアーチの写真を恨めしい気持ちで見たことを覚えています。

今年は昨年より2週間遅いこの週末にかけてみます。

染井吉野の咲くころは、いつも私の仕事が忙しく、お花見どころではありません。
ですから、友人とゆっくり会うのも2ヶ月ぶりです。

私の連休を待っていた友人は、お花見の次の週末も遊んでしまおうと、
鳴門海峡のバスツアーに申込をしていたのですが、残念ながらそちらは
今日連絡があって申込人数が足りず、ツアー自体中止になってしまいました。

いい季節なのにツアーが人数不足で中止なんて、初めての経験です。

みんな何処に出かけているんでしょうね?

昔は定年まで働いたら、あての無い列車の旅に出るのが私の夢でしたが、
年を取ってしまうと体にガタが来てあちこち出かける事は出来ないかもしれません。

ガソリンや食物の値段も不安定で、後期高齢者医療制度なんて始まってしまったり、
本当にこの先、生きにくくなるばかりですが、いけるときに行かなくては後悔してしまうかも。

そして、昨年のリベンジ果たせますかどうか!?

という事で、お花見楽しみにしています。


又、父が火傷をしてしまいました。 

糖尿病による抹消神経障害で足や手の指先がいつも冷たく、
父も常に寒いと言っています。

そのせいで3年前にも父は火傷をしてしまいました。

少し寒くなってくると指先が寒くて眠れなくなる為、最初は電気毛布を使っていました。
しかし寒くなると尿の回数が増え、夜中の尿モレで感電するのではという心配と
暖かいベッドから離れる事ができなくなり、背中にあせもができたりとトラブルがあり、
電気毛布は止めてしまいました。

次に母が作った袋に入れたペットボトルにお湯を入れ、リサイクルあんかを使うようになりました。
しばらくして寝ている間に父があがき、ペットボトルが袋から出たらしく
末端神経障害のせいで熱いと感じなかった父は、足の小指に火傷をしてしまいました。

最初火傷はひどくなかったのですが、その小さな傷からばい菌が入ったらしく
熱が出て指の傷口辺りからリンパ腺が筋を立てて腫れ上がり始め、
病院に連れて行ったときには、意識がなくなるほどの高熱が出ていました。

数日高熱が続き、傷口が黒く壊死し始めました。
主治医の先生から「手術が必要かもしれませんから総合病院に転院手続きをとりました。」
という事と「これも糖尿病の合併症です。」という話を聞きました。

転院した病院で、指の骨が見え床が見えるほどに穴の開いた父の足を膝の上から切り落とす
という診断結果が出て、手術の日が決まりました。

父は昔から血が止まりにくく、ましてや今の傷を見ているとそんな大手術に耐えられるのか
家族も本人も不安でした。

ヘルパーをしている時に、利用者様を人工透析にお連れした事があったのですが、
その時に、よく膝から下を手術している方を見かけていたのですが、まさか父が・・・
という気持ちで一杯でした。

父は、脳梗塞の為血液をさらさらにする薬を飲んでいて、一度風邪を引いて手術の予定日が
ずれてしまい幸いにも新しい肉が再生され、手術をしなくても何とか傷口が塞がりました。

皮膚科の先生も外科の先生も「こんな事は今までで初めてです。」と
父の生命力の強さに驚いていました。

その時の事を最近父はすっかり忘れてしまっているのですが、
そんな中又火傷をしてしまったのです。

以前の火傷以降、電気あんかを使っていたのですが、つい先日パジャマと靴下の間のすねに
小さな火傷をしてしまいました。

以前のときもそうですが、最初は小さな傷口でした。
それがあんな大変な事になるなんて、想像もしていませんでした。

今回あんな大変な事にならないように祈っています。

鷲羽山ハイランド 

前の会社の上司で、現在は定年されている方から久しぶりに電話がありました。

「次の版画の展覧会のためにサークルのみんなと京都に桜の写真を撮りに行くんだけど、
青春18切符の期限が10日までだから、京都に行くのに使っても2回分余ってしまい
もったいないから使いませんか?」との事でした。

私は土曜も仕事で行けないので、子供達に「どこか行く?」とメールすると、
長女も春休み最後の土曜日だったので「行く、行く!」と返信が来ました。

早速、仕事帰りにチケットをもらいに行きました。

娘たちは、全く正反対のタイプなので時間のない中行き先が決まらないのでは?
という心配をよそに、チケットをもらって帰るとすでに行き先は決まっていました。

そして、翌日朝早く出発しました。
行き先は「鷲羽山ハイランド」でした。

家族とか個人で旅行する事は今までありましたが、姉妹で行くのは考えてみると初めてだったので
19と20歳になって生まれて初めての姉妹旅行となりました。

岡山駅から間違えて急行に乗ってしまって別料金を取られた事と、
鷲羽山ハイランドが山の上なので思ったより寒かった事、遊びすぎて帰りに
筋肉痛になってしまったことが誤算だった、という事でしたが思いっきり楽しんで帰って来ました。

私は鷲羽山ハイランドへは2回しか行った事がありません。
一度は子供達が小さい頃にも両親と私と友人一家と一緒に行った事があるのですが
話をしても子供達は覚えていませんでした。

その時一緒に行った友人は、絶叫系の乗物が苦手でずっと子守をしてもらっている間に
私は狂ったように絶叫系の乗物に繰り返し乗った事を思い出します。

もう一度は会社の女性数人で岡山方面に車で旅行したときに遊びに行きました。
楽しく遊んだ帰り道、事故にあい私の乗っていた後部座席のドアがへこんでしまい、
閉まらなくなってシートベルトでドアをくくり、手で引っ張りながらゴールデンウィークの
ラッシュの中を広島まで帰ってきた思い出があります。

チケットを貰いに行った時に、版画の作品を見せてもらったのですが、
京友禅のドレスや倉敷の町並み、お孫さんなどとても細やかで素晴らしいものばかりでした。
一つの作品を完成させるのに半年もかかるそうで、今回行かれた桜の版画も
出来上がりがとても楽しみです。
本当に素晴らしい定年後の楽しみを見つけられたなぁと思いました。

子供達の話を聞いていると、ハイランドから見える瀬戸大橋の話や
アトラクションも新しくなっているという話で、絶叫系の乗物が大好きな私はうずうずしてきました。

絶叫系は、老後の楽しみに取っておくわけにもいかないと思うので
私も是非行ってみたいと思います。

定期健診 

母が定期健診を受けました。

前回の定期健診は大腸検査で引っかかり、再検査を受けた事もあり
相変わらず母は検査を嫌がっていました。

そして母は、検査を受けたら受けたで検査結果が出るまで
落ち着かない毎日を過ごしていました。

そんな中、やっと先日検査結果が出ました。

病院で母は名前を呼ばれて、ドキドキしながら診察室に入りました。

検査結果を見ながら先生から「今回の検査結果は良かったですよ。
全て基準値内で、悪いところは無かったですよ。」と聞いて一安心。

その後待合室で支払いを待っている時に、診察室にいた看護師さんが出てきて
母に「悪いところが無くて良かったですね。全部基準値なんて健康の優等生ですね。」
と大きな声で話しかけてきました。

母が病院嫌いなことも、前回の検査で引っかかって今回母がどれだけ
検査を嫌がっていたかを知っていたので、一緒に喜んでくれたのでした。

それを聞いていた待合室の方々からも次々に母は声をかけられました。

「奥さんは何歳になられるの?」と隣に座っていた女性。
「77歳なんですよ。」と母。
「検査結果を見せてもらっても良いですか?」と言われ見せてあげると、
「まぁ羨ましい。私は55歳なんですけど、もう何年も全部基準値なんてないんですよ。
久しぶりにいいものを見せてもらいました。」と言う方までいらっしゃいました。

平日の昼間で、場所が病院ということもあってか、年齢層の高い方が多く、
口々に「良かったですね」「羨ましいです」と言ってもらって、
母は照れくさそうに笑っていました。

「病は気から」と言いますが、これを励みに健康で長生きしてもらわなくてはと
思う一日でした。

私自身、コレステロール値がなかなか下がらなくて、弱ったなぁと
思っているくらいなので母を見習わなくてはと思います。


しみ 

桜の花が日に日にほころんで、通勤途中の目を和ませてくれています。
こんなに天気がいいと、週末までに桜の花が散ってしまうのではと心配しています。

もう一つ心配なのは、これからの紫外線です。

小さい時は、何も気にしないで一年に何回も皮がむけるほど日焼けしていました。
今では考えられませんが、若い時は冬になる頃にはすっかり元に戻っていたんです。

正常な表皮細胞は、持っているメラニンとともに45日程度で垢になって落ちていくという
サイクルで働いているそうです。

しかし、大人になって日焼けをしなくなったのに、頬に褐色の色素沈着(しみ)が
出来てしまったのです。

「妊娠前後に日焼けするとしみになりやすいから気をつけて」と母に言われていたのですが、
予定日ぎりぎりまで会社勤めで車で出勤し、産後も買い物・通院と毎日車に乗っていたので
陽の当たる右頬に、気になる褐色の色素沈着(しみ)が出来てしまいました。

老人性しみ(老人性色素斑)は年齢と日光による表皮細胞の老化がもとになって生じる
色素沈着で、ダメージを受けた表皮細胞はそのサイクルがおかしくなり
メラニンを上手に捨てられなくなり、色素沈着が生じる、つまり”しみ”が出来るという事で
認めたくないのですが、その”しみ”は今でも私の右頬に居座っています。

時間が経つと老人性しみからは、老人性いぼ(老人性ゆうぜい)が生じる事が多くなるそうです。
そのいぼは表皮細胞の老化をもとにして、一種の良性腫瘍ということなので
心配はないのですが、出来ないのにこした事はありません。

それからは出来るだけ気をつけているのですが、訪問介護をしている時には
なかなかそうはいきませんでした。

利用者様のお宅へは車で移動ですが、決まった時間内での調理・掃除・入浴介助などで
汗だくになり、化粧も日焼け止めもどろどろでした。

運転の時は長い日焼け止め手袋をしたり、帽子をかぶったりしていましたが、
暑くなるとそれも面倒になってしまい、ついつい日焼けしてしまっていました。

だんだん暖かくなってきて、外出も楽しい季節になってきましたが、春の紫外線は
思ったより強烈です。

紫外線がきつくなる春から夏にかけて、曇りでも外出時にはUVクリームや帽子、
日傘などを利用して直接肌に紫外線が当たらないよう特に注意が必要です。

せめてこれ以上、しみが出来ないように気をつけなくてはと思います。